アンディー・ウォーホリック日記      アンディ・ウォーホリック日記
~ウォーホル日記から29年。 連動日記~  ABOUT=当ブログについて


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 1980(2009)年 2月25日 月(水)曜 <ウォーホリック日記>

アンディはとあるファンと出会って、その人は大統領選挙でアンディの名前を書いたという。

夜は74年にディア美術財団を設立したフィリパ・ド・メニルとハイナー・フリードリック夫妻を招いてディナー。二人からコンサートに誘われたけれど、アンディは「音楽が苦手だとはいえなかった」。アンディは、音楽が苦手らしい。連日やかましいクラブに出入りしているし、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドなんかと関わっているから、音楽好きなのかと思っていた。それともジャンルを選ぶんだろうか?

僕のところにようやく平穏な日々が訪れようとしている。坊やが昨日仮退院をして、今日正式に退院となった。彼女の提案でケーキを買って帰った。またいつもの生活が始まる。

今回の看病には僕の両親も総動員したし、日曜からは高松から義母も来てくれていた。仮に僕ら夫婦しか“戦力”がなかったとしたら、とても乗りきれなかっただろう。坊やの回復と逆行して、僕はすっかりやつれた。まあ、仕事をしながらだったからだろう。

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 1980(2009)年 2月22日 金(日)曜 <ウォーホリック日記>

アンディはスタローンを訪ねてポートレート制作の打ち合わせ。

スタローンの映画撮影の合間に皆でレストランへ行って、「どうして新聞にはほんとうのことをいわないのか。ビアンカと寝たというべきだ、そのほうが箔がつくだろうに」と尋ねた。すると、スタローンは「おたがいにタマをつぶしあっただけ」と応えた。アンディは「どういう意味だかさっぱりわからない」って。僕も分からない。

僕はやはりセックスだのタマのつぶし合いだの言っている場合ではなくて、坊やがまだ入院したままだ。彼女も調子が悪いままで、僕が毎晩付き添いの宿泊をしている。ただ、坊やもずいぶんよくなっていて、顔のむくみも取れ、食事も普通の子供が食べる量をデザートまで全部たいらげてしまう。

昼間は彼女が病院に来た。僕はいったん自宅に戻って休み、夜になって再び病院へ向かった。

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 1980(2009)年 2月21日 木(土)曜 <ウォーホリック日記>

アンディとビアンカのやり取りが面白い。彼女が久しぶりにミック・ジャガーと会って興奮して生のウォッカを三杯飲んでつぶれたというエピソードの後、彼女はミックの今の恋人であるジェリー・ホールには嫉妬しないという話になった。それで、アンディはひねくれてるから、こう言った。

「ジェリーの話では、ミックが家を出ていく前はきまってブロー・ジョブをしてやるんだって」
「ジェリーのインタヴュー記事になぜそれを書かなかったの?」
「だって、彼女を<インタヴュー>に起用しただけで、きみはかんかんに怒ったじゃないか。どうしてミックと彼女のセックスの話なんて載せられるんだ」
「そんなことは気にしなかったのに」

僕はブロージョブだのセックスだの言っている余裕はなくて、坊やが昨日総合病院での検査を受けたまま入院してしまった。詳しい検査結果は出ていないけれど肺炎か何からしい。僕は役立たずもいいところだったかかりつけの小児科医に思いっきりデコピンすることに決めた。

1歳児が入院するってことは、親が24時間一緒に付き添わなければならないってことだ。彼女は彼女で調子を崩しているから、僕がその役割を任されるしかなかった。補助ベッドはソファ以下の寝心地だし、坊やは点滴を受けていて、その針が取れないように気をつけるので神経をすり減らした。起きると、点滴のせいか、坊やの顔はまんまるにむくんでいた、

実は彼女は今日から友人たちと箱根旅行のはずだったんだけれども、当然行けなかった。去年も彼女が僕らを置いて旅行に行こうとしたら家族全員で胃腸炎になってしまったことを考えると、何かの祟りかもしれない。彼女が遊びに行けなくなるのは良いとして、坊やが病気になるのはかわいそうだ。彼は隣で、壊れた冷蔵庫のような音を立てて眠っている。呼吸が苦しいのだ。

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 1980(2009)年 2月19日 火(木)曜 <ウォーホリック日記>

ロン・フェルドマンがアンディの『十人のユダヤ人』を見に来て、売れるだろうと言ったって。ドイツ人からはポートレートの注文も殺到していて、アンディいは「アメリカ人からの注文はどうして少ないんだろう?」と訝っている。

僕の家では坊やの調子が悪いままだ。彼女は今日も仕事を休んだ。彼女自身、調子を崩しているのだ。僕はというと仕事が立て込んでいて、夕方に親に坊やの吸入を頼んだら、小児科の看護師に「なんで、こんな状態になるまで放っておいたんですか」と言われたらしい。いやいや、月曜から毎日お宅の病院の診察を受けてますから。

仕事を終えて帰るといよいよ坊やは苦しそうだから、僕がセカンドオピニオンも兼ねて夜間救急にもう一度連れて行った。すると、当直の医師が「明日うちの病院に検査に来なさい」と言う。もしかしたら入院しなければいけないかもしれないそうだ。

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 1980(2009)年 2月18日 月(水)曜 <ウォーホリック日記>

ドイツから帰ってきたアンディ。オフィスの様子が、まったく生産的でないことを気にしている。例えば、留守中の二週間、若いスタッフが実はさぼっていたり、ブリジッドが二週間前と同じ文章をタイピングしていたり。「ぼくが気がつかないとでも思っているのかな?」

僕の方もまったく生産的でない。坊やが月曜日から熱を出して以来、呼吸の調子も悪いので毎日吸入に連れて行っている。保育園にも預けられないから今日は彼女が仕事を休んで面倒を見た。

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 1980(2009)年 2月14日 木(土)曜 <ウォーホリック日記>

アンディはデュッセルドルフに移動(この日かどうかは知らないけれど)。

やはりポートレートを作るため、ドイツ人の精肉業者のポラロイド写真を撮りに出かけた。会社の建物にはアンディの作品である『豚』が掛けられていた。

「彼(その精肉業者)は美術品をたくさん買いこんでいる。そうすると人々はハッピーになって、いっそうソーセージが売れるんだそうだ」

そんなわけない。

僕は夜、池袋で海里の友人の徳留隼人氏を囲む会に参加する。

彼はつい半月前、9ヶ月間の自転車の旅を終えたばかりだった。GPSの機能を使って、アメリカ大陸に「PEACE」の文字を書いた。僕は初対面だったけれど、そのプロジェクトの意味を早速尋ねた。すると、彼はそれは社会的行動ではなく個人的行動だったと言った。

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 1980(2009)年 2月11日 月(水)曜 <ウォーホリック日記>

アンディはこの日もポートレート制作@チューリッヒ。今度は夫婦の絵を描かなければいけなかった。

妻はすごい美人で、アンディはメイクもいらないぐらいだと思った。なのに、肥満夫は妻に向かって不細工だと言い張る。

前日に続いて、アンディはスイス人について学ぶことになる。同行していたトーマス・アンマンによると「スイス人は妻を甘やかさない、なぜなら、妻がいい気になると困るからだ」。本当かどうか知らないけれど。

僕は、フィッツジェラルドの短編『ベンジャミン・バトン』を読む。先週末からブラッド・ピット主演で映画が公開されていて、特にその映画を観たいとは思わないけれど、おそらく映画を機に翻訳されたんだろう小説の方は目を通しておこうと。

『グレート・ギャツビー』とか『バビロンに帰る』とかそういった作品に比べると、異色に感じたけれど、それは日本人が前者のような美しい小説ばかりを翻訳しているだけかもしれない。ベンジャミンはいわゆるおとぎ話だ。ただ、教訓はおそらく、ない。

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 1980(2009)年 2月10日 日(火)曜 <ウォーホリック日記>

アンディはチューリッヒへ。現地の画商ブルーノ・ビショフバーガーが手配したポートレートの仕事をしに小さな家に出向く。

アンディの印象はこう。「みんなコーデュロイのズボンにくたびれたシャツを着ていた。(略)ジュースが欲しいというと、缶ジュースが出された。(略)その家には金目のものは一つもなかった。(略)ポートレートをただにしてあげたくなった」

すると、ブルーノが釘をさす。「スイス人がわかっていない(略)。スイス人は全財産を隠しもっている」と。

僕は午後、太宰府からやってきた巫女と会う。

僕の印象だと巫女というのは実は普通の女性で、巫女の衣装を着ると巫女になるという感じ。けれど、太宰府の巫女となると話は違うかもしれない。いや、分からない。というか、結構どうでもいい。

先週月曜に坊やが9度4分の熱を出したから夜間診療所に連れて行った。昨日もおなかがゆるくて小児科で下痢止めをもらった。

なかなか調子が上がってこないけれど、保育園には預けている。呼ばれれば迎えに行くというスタンスだ。

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 1980(2009)年 2月4日 月(水)曜 <ウォーホリック日記>

午前十一時半、アンディは急いでオフィスへ。ジーン・ケネディ・スミス(ジョン・F・ケネディの妹)とケリー・ケネディ(同姪)がテッド・ケネディ(同弟)の選挙ポスターを取りに来るからだ。アンディは選挙ポスターまで受注していたのだろうか。

僕は今日は彼女の誕生日だったので、魚料理を作った。味は悪くなかったけれど、身があまりなかった。

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 サイン <写真>

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サイン(090630101906・文春文庫ウォーホル日記上161p)

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